# 2.ヒトと感覚 ## 2.5 前提感覚 ### 2.5.1 前提感覚の受容器と神経系 - 受容器は左右一対の器官で、各側3個の 半規管2個の耳石器からなる 。 - 頭部の回転運動は主に半規管が受容し、直線運動や傾斜耳石器が受容する。 #### 半規管 - 前半規管・後半規管・水平(外側)半規管 - 互いにほぼ直交する3平面上に位置 - 各半規管は約2/3の円弧をなす環状の構造(直径6.5mm、断面直径0. 4 mm) - 内部は内リンパで満たされている。 - 卵形嚢と連結する付近に膨大部を形成し、ここに管壁が内部に突出した膨大部稜があって有毛細胞が並んでいる。 - 有毛細胞には数十本の不動毛1本 の動毛が規則的に配列され、ゼラチン様物質のクプラに結束されている。 - 頭部が回転するとき、内リンパは慣性によって静止しようとするので、半規管内では逆方向に相対的な回転が生じることになり、クプラが変位して有毛細胞の感覚毛を傾ける。すると、有毛細胞の細胞内電位が変化して回転が受容される。 - 本質的には角加速度受容器。 - 頭部の生理学的振動の範囲である0.1-5Hzの回転では角速度に比例した出力。 #### 耳石器 - 卵形嚢と球形嚢からなり、両者の平衡斑(へいこうはん)に有毛細胞が並んでいる。 - 頭部が正立位にある時、卵形嚢の平衡斑はおおむね水平に、球形嚢の平衡斑はほぼ垂直に位置する。 - 有毛細胞の形態的極性(感覚毛の配列方向)は分水嶺を境として反対方向に向きを変える。 - 平衡斑は数の耳石を包埋した耳石膜で覆われている。 - 頭部に直線加速度が加わると、慣性によって耳石は平衡斑に対して相対的に逆方向の動きをすることになる。 - 頭部が傾斜した時には耳石は重力の作用方向に動く。 - 水平方向の加速度や頭部の傾斜は卵形嚢を主に刺激し、垂直運動は球形嚢を刺激して、運動感覚や傾斜感覚を誘起する。 - 有毛細胞の電位変化によって前庭一次求心性線維の放電頻度が増減する。前庭一次求心性線維は前庭神経核で二次ニューロンに投射するが、一部は小脳の片葉小節葉やその周辺に直接投射している。 - 前庭神経核ニューロンの主な投射先は、眼球運動系、脊髄運動系、小脳自律系および視床大脳皮質系である。 ### 2.5.2 平衡機能の基本特性 - 前庭動眼反射は、視線を空間内で一定に保ち、網膜像のぶれを最小に抑えるように働く。 - 半規管系の反射 - 頭部が回転した時に眼球を逆方向に回転させる。回転が続くと眼振を起こし、頭部回転と逆方向の緩徐な眼球運動と同方向の急速眼球運動を交互に繰り返す。 - 利得は水平および垂直運動ではほぼ1となるが、回旋の利得は小さい。 - 耳石器系の反射 - 直線加速度が加わった時に起こる代償性眼球運動は頭部の直線運動と逆方法に起こる。 - 眼前に意識すれば利得は大きくなり、無 限遠を意識すれば小さくなる - 頭を傾けた時に起こる眼球反対回旋は頭部傾斜と反対方向への眼球の回旋であるが、利得は小さい。 - 前庭脊髄反射は、外乱に対する身体平衡の維持と視野の網膜像の動きを抑える機能を担っている。 - 頭部が動いた時にブレーキをかけるように前庭頸反射が頸筋に働き、頭位を固定して安定化させる。 - 姿勢のくずれや頭位の変化を回復するように四肢を伸展・屈曲させる。 - 耳石器は静的状態あるいは緩やかな運動時に静的な姿勢反射を起こし、半規管は回転運動時に動的姿勢反射を惹き起こす。 - 前庭系と自律神経系は複雑に関連し、脳の広い範囲にわたって相互に影響している。 ### 2.5.3 身体運動と傾斜の知覚特性 - 水平回転運動では重力方向に対して頭部の傾きが変化しないため、回転は主に半規管によって知覚される。水平回転を知覚する閾値は概ね0.1-0.3deg/s²程度。 - ヨー回転の閾値がピッチやロールに比べて低い傾向がある。 - 等角加速度で加速中に水平回転の角速度を推定させると、20-40sまでは角速度が増すように感じるが、その後は回転感覚が減衰し減速していると感じるようになる。さらに加速が続くと回転を感じなくなり、加速を止めて等角速度回転になった時には逆方向に回転していると感じるようになる。 - 仰臥位で水平回転してロール回転を与えると、角速度が4deg/sに達した時に回転を知覚する。 - 角加速度の閾値(0.4deg/s²)以下で正立位からロール回転を与えると、傾斜角が1.2degに達した時に回転が知覚される。 - 角加速度を閾値以上にすると、耳石器と半規管の両者によってこれより小さな角度で回転を知覚するようになる。 - 静的なロール傾斜を知覚する閾値は1.5-2.2degである。 - 身体をロール傾斜させると、ロール角が小さい時には実際の傾斜角より大きく感じ(MÜller効果、E-効果)、ロール角が大きい時には実際より小さく感じる(Aubert効果、Aー効果)。 - 持続的な直線加速度の知覚の閾値は、x軸方向では6cm/s²、z軸方向では10 cm/s²程度である。 - エレベータに乗って上昇する時のように重力方向の加速度が大きくなると、眼前の指標が上がったように見える。この現象をエレベータ錯覚という。加速度の大きさに比例して錯覚は大きくなるが、頭部を25-30deg前傾させるとエレベー夕錯覚は生じない。 ### 2.5.4 動揺病 - 女性の方が男性より感受性が高い。 - 12-15歳までは感受性が高く、その後は加齢に伴って低下する。 - 神経質な人や心配性の人は感受性が高い。 - 回転感覚の感受性と動揺病の感受性との間に相関はない。 - 誘起メカニズムは感覚矛盾説で説明される。 - 視覚と前庭感覚や、半規管と耳石器など、身体の運動や姿勢の情報を受容する感覚系の間で情報の矛盾したとき - 乗物に乗った場合などに通常とは違った感覚情報の組み合わせが入力されると、記憶から予期される組み合わせとの間に不一致が生じたとき。 - 感覚矛盾の中でも主観的鉛直の不一致が動揺病の原因であるという仮説 - 主観的鉛直の方向を変化させる刺激は、方向を変化させない刺激よりも強い動揺病を発生させる。これだけでは説明できない.. - 視運動刺激によって生じる視覚性動揺病に関しては、眼振の関与が提唱されている。 - 前方の道路がよく見えれば動揺病は1/3。 - 車内の静止物を注視していると閉眼時よりもなりやすい。 - ベクションの強さと視覚性動揺病強度は必ずしも一致せず、ベクションが動揺病の原因とは言えないことを示す結果も報告されている。 ### 2.5.5 前庭感覚と視覚の相互作用 - 7a野MST領域では、個々のニューロンに視覚と前庭感覚の統合が見られ、空間認知に中心的役割。 - 注視点を新たな視覚対象に移動する時=>眼球と頭部を回転=>注視の方向を一定に保 つようにサッケード前庭動眼反射が眼球運動を調整。 - 自分の運動によって視野が動く時には、視運動性眼球運動前庭動眼反射が協調して眼球を動かし、視野の網膜像を安定させるよう調整。 - 姿勢の維持にも前庭感覚と視覚が重要な役割。 - 視覚による代償は静止時あるいは遅い運動に限られ、速い運動のときには前庭系が主に働く。 ## 2.6 味覚・嗅覚 ### 2.6.1 味覚の受容器と神経系 - 基本五味 甘・酸・塩・苦・うま - 味成分は、舌の上にある味曹という味細胞の集団の先端で受容体と結合する。 - ある 下前部の広い範囲に分布する茸状乳頭、下の奥の狭い範囲に分布する葉状乳頭、有郭乳頭 - 上顎や喉の奥にも味蕾がある。 - ない 糸状乳頭 - 分子量が大きい甘味、うま味、苦味の味物質は、細胞外で七回膜貫通型受容体に結合し、細胞内Gタンパク質を介して情報のみが細胞内に。 - 分子量が小さい塩味、酸味の味物質は、イオンチャネルを介して味細胞内へ流れ込み直接味細胞を活性化。 - 舌の前部からの味情報は鼓索神経、舌の奥部や喉からの味情報は舌咽神経、上あごからの味情報は大錐体神経を介して脳へ送られる。 - 辛味は痛覚として感知され、三叉神経(味覚神経ではない)を介して脳へ。 - 味情報は、まず延髄にある孤束核に集められ、島・頭頂弁蓋部にある一次味覚野の処理を経て、他の感覚と統合処理される眼窩前頭皮質や、好き嫌いの判断をする扁桃体に送られる。 ### 2.6.2 味覚の特性 - 多種の苦味受容体(ヒトの場合は25種類)がある。 ### 2.6.3 嗅覚の受容器と神経系 - 鼻腔の嗅粘膜の嗅細胞に発現する匂い受容体が、匂い分子に反応することから始まる。 - ヒトでは350種類以上の受容体が存在すると考えられている。受容体と分子は一対一の対応関係ではない。 - 匂いの質の符号化や、多感覚情報による匂い検出は、嗅球以降は、第一次嗅覚野と呼ばれる梨状皮質、第二次嗅覚野と呼ばれ、多感覚の情報入力がされる眼窩前頭皮質、さらに長期記憶処理に深く関わる海馬などの多くの領域が関与することが示唆されている。 ### 2.6.4 嗅覚の特性 - 鼻から入ってくる場合(オルソネーザル) - 喉の方から上がってくる場合(レトロネーザル) ## 2.7 モダリティ間相互作用と認知特性 ### 2.7.1 視覚と聴覚の相互作用 - モダリティ(modality。感覚様相とも訳される) - 相互作用のうち、視覚聴覚のものについて最も詳細に検討が進んでいる。 - 聴覚の音源定位が視覚の位置に「引っ張られる」 腹話術効果(ventriloquism effect)。 - 音と視覚刺激の間隔が10゜程度以内の時は、音と視覚刺激の種類が関係ない時にも効果が現れることがわかっている。 - 成立する時間的条件は比較的厳しく、視覚と聴覚のタイミングが200ms以上ズレると効果 はほぼ消失することがわかっている。 - ピッピッというトーンパルス列によって、物理的には連続した視覚刺激が断続してチカチカと瞬いて見えるというダブルフラッシュエフェクト(double flash effect)。 - 腹話術効果ほど強くないと考えてよい。 - 一般に、視覚系は空間精度が高く、聴覚系は時間精度が高い。 - 言語音声の知覚が口唇の形状など視覚情報の影響を強く受ける「マガーク効果(McGurk effect)」。 ### 2.7.2 体性感覚とその他のモダリティの相互作用 - マウスなどの操作に対応したモニタ上の視覚刺激の移動速度を変化させてやることで、操作している身体部位に擬似的な力覚が生じるという現象を「シュード・ハプティック(pseudo haptics)」 - 視覚や聴覚が、物体表面のテクスチャの触覚に影響を及ほす。 - 身体の動きや情動によって低次の視覚や聴覚が影響を受ける現象。 - 身体の動きがある時には時間順序判断のパフォーマンスが向上するなど時間的な精度が向上する。 - 情動によって高次機能のみならず低次の知覚パフォーマンスが影響を受ける。 ### 2.7.3 思考、記憶と学習 - 短期貯蔵庫の容量は7±2 (チャンク:chunk) と非常に限られている。文字数じゃなくチャンク(意味のまとまり)。符号化の仕方によって容量が変化する。 - 情報処理の観点からは短期貯蔵庫ではなく作動記憶(working memory) と呼ばれる。 - 作動記憶の容量は、一概に示すことはできないが、一般に保持のみ を課題として調べられた短期記憶の容量よりさらに少ない。 - 長期貯蔵庫 - 意味記憶は概念や意味など知識の記憶。 - キウィよりスズメの方が「鳥っぼい」というような典型的効果 - スキルを身につけることも記憶の一つと考えられており、これを手続き記憶。 - 言葉で説明するのが難しい。 - 長期貯蔵庫の容量はほぼ無制限。 - 覚えているという自覚なしにその後の行動や判断に影響を与える情報が保持されていることを潜在記憶と呼び、その存在はプライミングというパラダイムによって実験的にも確認されている。 - 学習(learning)は、より広く脳という情報処理系の可塑性として捉えることが重要であり、知識やスキルの獲得という意味での狭義の学習のみならず、訓練による知覚精度向上なども学習過程として考える必要がある。 ### 2.7.4 アフォーダンス - 生体が環境から受け取っているのは、色や音の高さなど物理的な属性の束ではなく、意味なのであり、それが環境を構成する単位となっている。